1990年代生まれの漫画論。

大事なこと・好きなことを忘れないように。欲しいものを叫び続ける。

【感想・まとめ】I”s<アイズ> 桂 正和

I”s<アイズ>  桂 正和

Amazonに投稿したレビューをこちらでも記載します。

レビューに熱がはいり今のところ一番長いです。

SNS云々のくだりは、別の記事で新たに考えをまとめたいと思います。

 

2018年3月19日
私が物心ついた頃に始まったマンガです。(1997年開始)
スマホが流行る前の日本で青春を過ごした人ならば、今見直しても十分通用する面白さがあります。
もちろんスマホ漬けの子ども時代を送った人にも読んでほしいマンガです。
「互いに連絡が取れないもやもやした状況」を肌で学んでほしいです。あと、旧型携帯電話が懐かしいし、珍しい。。。

画力と表現力が非常に高いです。
高い画力にモノを言わせて描かれた見開き絵・一枚絵からは、ヒロインである伊織ちゃん、いつきちゃん、泉ちゃんが、
生き生きとした姿をまざまざと読者に魅せつけてきます。

現実の1コマをそのまま写真で切り取ったかのような躍動感を持つ大ゴマは、
どれもこれもエネルギーに満ち溢れており、たとえ10分見続けても見飽きません。
私たちをいつまでも甘酸っぱくも悩ましい気持ちに悶えさせる罪な作品です。

作中で私が一番大好きな大ゴマは、新入生歓迎パーティ用に舞台撮影するシーンで、
主人公イチタカくんと伊織ちゃんが男女逆になって練習をしている一枚絵です。

・女役を恥ずかしがる主人公イチタカくん
・そんなイチタカくんを、イタズラ娘のような目で見つめる演劇部の伊織ちゃん (前かがみ気味で腰に手をあてるっていうポーズがずるい!)
・邪魔するものはいない二人だけの世界
・伊織ちゃんのために恥を忍んで必死に台本を読み進めようと汗を飛ばすイチタカ
・それを見て幸せそうに笑う伊織ちゃん

イチタカの嬉し恥ずかしな気持ちと、
伊織ちゃんのイチタカにたいするまっすぐな気持ちの両方が同時に
読者に伝わってくる芸術的な1コマです。

読めば二人の仲を応援せずにはいられなくなり、きっと生涯忘れられないマンガの1コマになることでしょう。
甘酸っぱくも青春な幸せの1コマに、思いかえすたびにため息がでてしまいます。本当に罪なマンガです。

それにしても電影少女もそうでしたが、桂先生のマンガの主人公はおそろしいほど将来不安定ですね。
バブル時代だから赦された展開なのかもしれません。
2018年現在中高生をやっている子どもたちからは、「能天気なことで言い身分だな・・・・・・」と総すかんを食らうかもしれません。

私たちが産まれるぐらいの頃の日本では「お金よりもココロの豊かさが大事」みたいな標語がやたらと流行っていました。
それに応じて、「勉強こそが人間性を堕落さえ個性を奪う害悪だ、もっと詰み込み教育はやめて個性を大事にしろ、本当の意味で生きる力を身につけろ」という論調で、ゆとり教育が推進されようとされていました。
将来について深く不安を覚える必要がないとされていた時代だったからこその風潮ですね。このマンガが作られた時代はそんなマンガです。

実際の高校生やご家庭にとっては浪人なんて文字通り死活問題ですし、一人暮らしなんてもってのほかです。
今のご時世、1年バイトしたぐらいで溜まるお金なんてたかが知れており、それをもとでに下宿開始なんて想像することもできません。
(もっとも2017年頃から建築業界物流業界等ではバイトの待遇があがりつつあるとのことですが、大学生がするようなバイトにまで影響が及ぶのはまだ先の話でしょう。)

現世の高校生はいくら下半身で動く生き物だと言っても、ここまで頭の中で恋愛問題一色ではないはずです。
非常に感情移入しやすい作品ではありましたが、そういう時代的な背景なわけで、そこだけがつい気になってしまいます。

ただ、古い時代だからといって感情移入のしづらいばかりいうことはまったくありません。
むしろ凄くいい利点があります。

それは、登場人物がだれもSNSをやっていないというところです!!!!!

今どきの若者にとってSNS(主にLINE, Twitter, Facebook, Instagram)は必要不可欠といっていい存在になってしまいました。
これらを一切やっていない中高生というのは、どこか変な感じがして今います。
だからと言って、安易に作中でキャラクターたちがSNSを使いだすと、イメージ崩壊を容易に引き起こしかねません。

現実の世界だって、他人のSNSのふとした書き込みについ幻滅してしまうことなんていくらでもあります。
だから自分のアカウントをリアル世界では秘密にしている人が大勢いるのです。
漫画のキャラクターだって同じようなことが起こりえます。
SNSは身近だけど、その人がどうSNSを使っているのかを知り過ぎてしまうと、途端に嫌悪感を覚えかねない危険な文明なのです。
たとえば、あなたの友達がすごく心に溜め込んだことをSNに呟こうとしているとして、その様子を横から黙って見ていることができますか?なんだか見ている側まで恥ずかしくなってきませんか??つまりは、そういうことです。

最近の少年ジャンプで『クロスアカウント』という作品がここで躓いていました。(まぁそれだけが打ち切りの理由とは思えませんが……)。
また、いま生き残ってる少年ジャンプの恋愛系のマンガのうち、『ぼくたちは勉強ができない』の主人公は、最近携帯を買ってメールを覚えた貧乏人ですし、『ゆらぎ荘の幽奈さん』の主人公は住所不定でネットに繋がっているのかどうかも怪しい貧乏人です。(かろうじて携帯持ってた気もしたけど忘れた)
これは決して偶然ではなく、SNSを通じて主人公から嫌な面が読者に出てこないように、工夫されているのだと思います。
でも正直無理のあるキャラクター設定だと思うんですよね。だってSNSをまったくやってない中高生なんて変ですもん。そこでちょっと感情移入しづらくなるですよね。

主人公イチタカ君が作中で心情を吐露する相手はSNSではなく、ほぼ寺谷くんでした。上で挙げたSNSのつぶやきの例と違って、男同士の会話だと嫌悪感はありません。
SNSやってる人がみんなSNSで心情を吐露するわけではありませんが、SNSがこれだけ発達して人と人のコミュニケーションの在り方が大きく変わった現代では、イチタカ君の相談相手も変わったのでしょうか。

高い画力と繊細な描写、初々しくも嫌みがなく感情移入しやすい主人公。
とにかくおすすめの一作です。